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寺本恵美子



優しさ、というもののこと

寺本恵美子

rune2

ピンキーライダー登場


 ピンク色のバイクが向こうからはたはたと近づいてくるのだ。見ていると目の前で止まり、ヘルメットを脱いだ妙齢の美女が逆さに向けたVサインを送ってくる。
 「ギャルピース!」
 そんな夢をみた。
 飛び起きてしまった。
 叫んでいたかもしれない。
 夢は二晩ほど続いた。



 寺本恵美子さんはかつてギャルだったそうだ。それもかなりイケてるくちの。
開口一番、そんな話になるものだから、はてさてどんな展開になるのやらと身構えてしまう。
 ピンク色のバイクで走り回り、男たちを翻弄して手玉にとり、搾り上げて残りカスをロードサイドにうち捨てる。(あくまでも記者の想像ですよ、想像・・・)
 おお、あの名作映画、マッドマックスのフュリオサみたいな女傑を目にしているようではないか。だから記者は椅子を三メートルほど後ろにずらして、警戒態勢に入った。マッドなあの男だってそうしたはずだ。

 ただ目の前で静かに微笑みながら座っている寺本さんの姿と、語られる内容の、そのギャップが大きすぎて、しばらく口をぽかんと開けて聞くしかなかった。
 例えてみれば、森閑とした森の中に静かに水をたたえた池がある。鳥の声がしんしんと降り注ぎ、時おりカワセミが青い閃光を放ちながら飛びすぎる。動きといえばそれぐらいのもので、時間はそこでは止まっているようにさえ思える。
 と、誰かがその池に小石を投げた。小さな波紋が広がりかかるが、見ているうちにそれは大きな渦巻となって、その中心から得体のしれない黒く大きなものが浮かび上がってくる。
見ると、それは・・・・!!!!!。
 そんな感じ。



静かに語る彼女の強い想い。


 もちろん目の前の寺本さんはあい変わらず静かに微笑んでいるだけだ。
だがその微笑みが消えたとき、世界は一体どうなってしまうのだろう。そんなことを考えているものだから、お尻の位置が決まらずにもぞもぞしてしまう。
 わたしね、と寺本さんが言った。
 は、はい!と記者は息をのんだ。
 「傷ついた猫とか犬とか、小鳥なんかを見ると、放ってほっておけないたちなんですよ。ついつい手を尽くしちゃうんです」
 ああ、そうなんですねえ・・・。(汗)
 安堵のため息とともにそう答えた。
 傷ついたもの、困っているものを放っておけないたちだということが、今の仕事に導く大きな動因だったのかもしれない。
 寺本さんは家族葬専門葬儀社オフィスシオンという会社の社長なのだ。
 若かった頃、人の紹介である葬儀社の派遣みたいな仕事をした。時給が良かったのだそうだ。あまり成り手がなかったからかもしれないが、傷ついた者、哀しみの中にある者を放っておけない人となりが功を奏して、そこの社長に高く評価された。
 喪主や遺族、それらの人たちに対するちょっとした振る舞いや何気ない気づかいに、ある適性を感じたのかもしれない。
 その仕事をするまでに水商売のバイトなどもしたことがあるというのだ。どちらもお客の心を掴まなければならない仕事とはいえ、アルコールと紫煙と嬌声の中での商売と、線香とすすり泣きと読経の中でのそれとでは、まるで違う。ここでも大きなギャップに目をみはるのだが、寺本さんは「なにか?」といった顔で見返してくるのだ。


 「色んな経験しましたねえ」と寺本さんは言った。
 彼女のその時の仕事は葬儀社の臨時雇いみたいなものだった。社員ではなくて時給いくらで働くやつ。ただ喪主や遺族の人たちとの接点に立つことも多く、それらの人たちから様々な話を、苦情もあったけれど葬儀に対するちょっとした要望や、こんなことしてやったらあの人、喜ぶんやけどなあといった話を聞かされた。
 そんな話を聞いてしまったら、寺本さんの心は動いてしまうのだ。何とかしてあげたいと本社の責任者に掛け合ったりした。だけど返ってきたのは渋い顔と無情の言葉だった。 予算の中でやれることしかやれない。あんたは余計なことを考えずに、滞りなく葬儀を進めることだけを考えてもらいたい。いつもそうやってくれたやないか。
 「でもねえ、皆さん、哀しみの中にいらっしゃるんです。そのお気持ちを少しでも癒して差し上げられれば・・・・」
 癒して差し上げる?
 この金額でか。
 慰めてもらいたい?
 今日会ったばかりの相手にか。
 冗談言ってはいけない。我々は心理カウンセラーなんかじゃないんだ。 そういうのはよそで言ってくれ。

 「そんな時代だったんですよ」
 寺本さんはそう言ってため息をついた。
 彼らの理屈も分からないではない。
 でもねえ、とやっぱり思ってしまう。
 この仕事って、やることをやって、それで一丁上がりで済む、そんなものじゃない。
 もっと、なんか、こう、うーん、うまく言えないけど、そのお、心のさあ、えーっと・・・。
 寺本さんは悩んだのである。


喪失と絶望、そして虚脱。
寄り添うということの意味。


 ここでわたくし事を少し。
 十年とちょっと前、妻を癌で失った。
 子供はなかった。
 だから一人ぽっちになった。
 長くはもたないことは医師から知らされていた。当然葬儀のことが頭の中に浮んでくる。そのたびにその思いに重りをつけて深く心の中に沈めた。そんなこと、想像することさえ嫌だった。気が狂いそうになる。やめてくれ!
 だが否応なくその日はやって来た。
 もう投げやりな気分だった。滞りなく式次第が進めばいい。というより式次第なんてくそくらえだった。だが妻の両親の手前、そうはできない。自分の両親のことも兄弟のことも、夫婦の友人たちのこともあった。
 読経の間に立ったり座ったり。頭を深々と下げてみたり。
 だけど立っているかもしれないが、その足元にはぶよぶよした得体のしれないものが広がっている。座っているかもしれないが、椅子には無数の針が突き立っている。
 立っていようと座っていようと、喋っていようと泣いていようと、心はとっくにどっかへ行ってしまって、当分返ってくる気配さえない。
 人はそういう者に接して途方に暮れるだろう。
 どう言えばいいのか。どう振る舞えばいいのか。
 だからそそくさと頭を下げて、お悔やみの言葉をむにゃむにゃと唱えて退散するほかはない。
 肉親でさえ、友でさえそうなのだ。
 その時、ふと傍らを見ると、式の次第を相談した係りの者がいて、その人がなぜか自分が見ているのと同じ黒々とした深淵を見つめていることに気づく。
 葬式という書割の舞台のようなところで、機械人形たちが正確に動きつづけて事は進んでいく。ただその中に暖かい血の流れている人を見分けることができたとしたら、どんなふうに感じるのだろう。
 そんなことを思ったことがある。


 寺本さんは人にとやかく要求するより、自分の思いを込めた葬儀社を自分で作ろうと思い立った。それには出会ったある男の存在が大きかった。
 その人は長年葬儀社に勤め、葬儀会館の建築の差配をしたり、スタッフを集め指導したり、新たな地域に新しい葬儀社を設立したり、管理したり運営したり走り回ったり、とにかく出来る男だったのである。だが限界を知らない男でもあった。つい働きすぎる、思いつめすぎる、じっとしていない。過度な自分への要求は、ギリギリと肉体と精神をさいなみ、過度な飲酒へと自らを追い込んでしまった。
 昼間に電話しても酔っていることがあった。もう、ふらふら。
はい、ここで皆さんのご想像通り、寺本さんの心はいたく動いたのであります。
 放っておけない、わ。
 それからのお二人の壮絶な日々のことについては聞いておりません。聞いたところで記者の筆力ではとうてい描き切ることは無理。とても興味はあるけれど、そこはそれ、お二人の秘め事でもありますしね、そっとしておきましょう。
 ただ寺本さんはこう言ったのである。
 「なんか私が彼のことを立ち直らしたみたいに言われてますけど、それは嘘。私ね、結局なぁんにもできなかった。ただオロオロ、ウロウロしてただけなんですよ」
 さて本当のところは分からない。ただ男でもある記者の立場から言えば、寺本さんのような女性が傍にいるということの途轍もない力を、やはり感じずにはいられない。
 うらやましい限りである。いいよなあ。ちぇ!

  寺本さんに話を聞いていて思ったことがある。
 優しさということについてだ。
 ただその言葉で誰もが感じる、ある種のふわっとしたものではなく、もっとごりっとしていて、密度があり、決して軽くはないもののことである。
 こうも思った。優しさというものは、哀しみとか苦しみといった栄養分がないと本当のものにならないのかもしれない。 綿飴のような優しさはまがい物なのだ。そんなふうに。
 さて寺本さんなら、どんなふうに言うだろう。


注:寺本恵美子さん以外の写真はイメージ写真です。寺本さんと直接関係はありません。

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