バイシクルのある日常
バイシクルのある日常
最終回
移動の道具としての自転車というものを考えるとき、軽く、強く、しなやかな材質というものを外すことはできない。
そのおかげで軽々と走り出せ、楽に走り続けられ、不意の出来事にも素早く対応することができる。
このことは休日に丘陵地帯までツーリングに行くときも、
平日に最寄の駅まで急ぐときも変わりない。距離が長いとか短いとか、レクリエーションとかビジネスとかに関わりなく、きちっと作りこまれた自転車は、どんな時にもあなたをある地点からある地点まで軽々と運んでいってくれる。
と、どうなるか。自転車に乗って走ることが楽しくなってくるのだ。
遊びに行くときだけでなく、毎日の通勤でも、ほんのちょっとの買い物でもそれは同じだ。楽しみの時間が長いか短いかだけのことだ。
やっと分かってくれたようですねというように丹さんが微笑んでいる。
嬉しくなってつい勢いも増す。
スタンダードな物とは、その物が本来備えているべき要素を過不足なく備えているもののことであり、
そうだからこそ人の生活時間のあらゆる所で、その人の用をたすことができる。
そしてそれだけではなく、さらにそこに楽しみさえ加える。
この連載の第一回で取り上げたスコップのことを思い出してほしい。
そう、その時かなり高価なものだと思ってしまったあのスコップのことだ。
手にした感じがとても良かった。握り部分の形状とか厚みとかが手にしっくりと馴染んだからかもしれない。
もちろん重みも関係あるだろう。そしてそのような持った感じだけではなくて、先端部の鉄の鈍い色とか、
塗られた色の落ち着いた感じだとかの見た目もまた大いに関係していたはずだ。
土を掘り返すだけなら、スコップのような形状をしたものなら何でもいいように思える。ただあのスコップなら、少々堅い目の土壌でもまるで柔らかいバターにナイフを差し入れるようにサクサク使えるのではないかと思えた。土を掘り返すのが楽しくなるなどというのは妙な話だけれど、もしガーデニングをするのならあのスコップがいい。そう思ったことは確かだ。
とりあえず用は足せるけれど、それだけというものは安い。
ネジを一生のうちあと十数回しか回さないとしたら、格安ドライバーで十分だ。それ以上のものは必要ない。
だが仕事で使うのでないにしても、日曜大工で時々使うともなれば、やはりそれなりのものがいる。
手に馴染んで使いやすいということは、不用意にねじ山をつぶすようなことも少ないということでもある。
「日常に彩(Color)をプラス」というのが
バイシクルカラーのキャッチフレーズである。
最初何を言いたいのかよく分からなかった。だがこの連載を続け、何度か丹さんと話をするうちに、その意味がちょっとずつ分かるようになった。
どうしても日常という言葉には、つまらないだとか、ありきたりのだとか、しんどいとか、今度の休みの日までじっと辛抱するのだよとかの、そんなイメージがつきまとう。だけど365日、ほとんどが日常ばかりなのだから、そんな人生って楽しいですか、と丹さんは問いかけているのではないか。
スコップひとつ、ドライバーひとつ、ペンだっていいし、ケトルだっていい。実用的であることを目指してきっちりと作られたツールは、しっかりと用を足し、しかも人に使う喜びも与えてくれる。
そんな道具と暮らすことによって、いつもの生活がほんの少しだけ輝きを増す。そういうことを丹さんは自転車というツールを通して、人々に伝えようとしているように思えた。
今回例として取り上げたクロスバイクTREK7.4FXの価格は¥72,000(税込)である。
依然高価だと思われる方もあるだろう。頷ける。
記者の財布にもそんなお金は入っていない。だけどそうだからといって、安いので間に合わそうとは、
もう思わない。ご存知だと思うが、そういのは二年か三年ほどすると使い物にならなくなる。
走りはするけれど、チェーンが頻繁に外れたり、パンクばかりするようになって用を足してくれなくなる。
だから買い換えなければならない。
だがこのFXは何年かに一度のメンテナンスを施すたびに、元の走りを取り戻すのだそうだ。
そうやって十年もそれ以上も乗り続けている人がいるんですと、丹さんは言った。
そうだとすると、一概にこれを高価だとばかり決め付けることもできないようにも思えてくる。
要はどう考えるかということだ。
出費を長い目で見られるかどうか。道具というものを、単に用を足すだけのものと考えるかどうか。
もっと言えば平日と休日とを区別してこれからも生きていくのかどうか。
記者の誤解と思い込みからはじまった丹さんとの会話から、色々と考えさせられるテーマが浮かび上がって
きた。それらを十分に語りきったかどうかは心もとないけれど、少なくとも記者にとっては色々と考えさせられた
貴重な体験だったことだけは確かなことだ。
(おわり)
取材先 | バイシクルカラー |
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住所 | 奈良市中登美ヶ丘6-3-7 リコラス登美ヶ丘B102 (駐車場あります) (地図) |
電話番号 | 0742-52-8118 |
ホームページ | http://bicyclecolor.com |