ちかばねっと奈良・京都

ちかばのモノ語り
第四話 甘とろポン酢のこと

最初はおつきあいのつもりだった。
オーナーがあまり熱心に語るものだから、ほなさいならともいかず、
それではひとつと買って帰った。
鍋に良いとのことだったが季節柄、冷奴にまずはかけてみた。
びしゃりとはかからず、とろりとしていた。少し勝手が違った。
口に運んだ。にやりとした。
美味しいものに出会うと何かがほどけて、ふにゃーっとしてしまうところがある。頬の肉と筋がゆるんでにんまりとする。
その時もそうなった。
濃厚で奥が深い。酸っぱさに角がなくて、それでいてまろやかに流れず、きりりとしている。
主役を引き立てながら、いつもとは違う舞台を見せてくれた。
舌が味を堪能し、鼻に抜ける香りで余韻を楽しだ。
言うだけのことはある、と思った。
こういう味に初めて出会った。
と言っても当方グルメでもなく、幾多の味の遍歴を重ねた狩人でもない。
たんにものを知らないだけのこと。
だから大きな口は叩けないが、
小さな口でひそひそと、あたし、好きですねえ、あのぽんず、と囁くことにした。

それまでは何の感慨もなく、そんなものだろうと食べてきたものが、
ある時を境にして後戻りできないようになってしまうことがある。
それが幸いなのかどうなのかは分からないけれど、
見知った世界ではない、別の世界もあるのだということに気づかされて悪い気分のものでもない。
半世紀以上生きてきて、おまえは何を見、何を聞き、何を触り、
何を嗅ぎ、何を味わってきたのかと一方で呆れもするが、
もう片方では、出会えて良かったなあとしみじみと思っていたりもするのだ。

あれ、いま空耳が・・・。
数に限りありとかなんとか、聞えたような・・・。
急がれた方がよろしいようだ。ほれ、ほれ。

●人と木オリジナル　甘とろポン酢　560円(税込)