上久保淳一



月ヶ瀬の茶畑に、若き星が瞬きはじめる。

お茶を作る人 上久保淳一


*パンフレットをご用意しました。(こちら) 

rune2

手揉み茶というものに出会いました。


その若い男はさっきから奇妙な動きを繰り返していた。
うつむいている。長い両手が何かをすくい上げ、擦り合わせ、揉みだし、ぱらぱらと落とした後、それらをまあるく撫でるようにしている。そしてまた一連の動作を繰り返す。
まるで原始宗教の儀式のようでもあり、見方を変えれば、子供が砂場で砂と戯れているように見えなくもない。
動きはリズミカルだ。かすかにBGMが流れ、それに合わせるかのように体と腕がゆるやかに動いている。
その男、上久保淳一26歳。
月ヶ瀬の地で三代続くお茶農家の跡取りである。少年の面影を残している。
だがお茶についての知識は半端ではない。日本茶インストラクターの資格も持っている。そうそう簡単に取れる資格ではない。
上久保さんと初めて会ったのは東向き商店街にある森のカフェでのことだった。そこで彼は前述の奇妙な動作を繰り返していて、記者の好奇心をいたく刺激したのだ。
このカフェが主催するイベントで、手揉み茶作りの実演を行っているのだと上久保さんは言った。

手揉み茶って何ですか。
「一切機械を使わずに作るお茶のことです。お茶の工程のほとんどは、茶葉を揉むことと言っていいのですが、その全てを両手だけで行います。機械のない頃は、こうしてお茶を作っていたんですよ」
でも機械のない頃はともかく、今は機械があるのだから、なにも二本の手だけでお茶を作る必要なんてないんじゃないですか。デモンストレーションとしては面白いですけどもね、と付け加えた。
上久保さんはその問いには答えずに、小さな紙コップを差し出した。

それは、それはとても美味しいお茶だったのです。


ショットグラスほどの大きさの紙コップだった。
底のほうにほんの申し訳程度に液体が入っている。誰かの飲み残しかと最初は思った。
色はまるでお茶の色ではない。透明な黄金色、その時の実感では少し黄味がかった透明な液体だった。
飲んでみてください。
これを・・・? 目で彼に尋ねた。頷きが返ってきた。
飲んで驚いた。
その色からは想像できないような深く濃く、豊かな味が広がった。
一点に凝集されていた旨みとか渋みとか香りとかが、口に含んだ途端に一気に開放され、舌を潤し、喉を過ぎ、鼻を通り抜けていった。今まで経験したことのない味だった。
ね、というような顔をして上久保さんはこちらを見ていた。
ああ・・・、という間投詞しか返せなかった。

「お茶本来の味というのは、いま味わってもらったようなものだったらしいんです。ただ機械を使いませんから大量には作れません。たった450gのお茶を作るのに何日もかかります」
こんなに美味しいお茶なら、買ってかえろうと思った。ただ安くないことは想像できた。
「すみません、お売りすることはできないんですよ」と上久保さんが言った。
実演販売ではなかったようだ。売るほどにも作れないのだという。若さに任せてどんなに頑張っても、採算に乗せるのはまず無理なのだと。
「年に一回、全国手揉み茶品評会というのが開催されていて、それに出品するために作っているんです」。その時の残りの一部をここに持って来たのだという。
お茶のおいしさの本当のところを知ってもらいたくてというのが動機のようだった。それは十分に伝わった。

月ヶ瀬のお茶畑では、
若い人たちが頑張っているのです。


手揉み茶。失われつつある製法だ。
時間がやたらにかかる。時間をかけても少量しか生産できない。大量消費のこの世の中から消えていくのも必然といえた。
だけどあなたのような若い人が、なぜそのような製法を試みようとしているのです。そんな疑問を口にしてみた。
「師匠について直接学んだということが、まず大きいと思います」
上久保さんはついこの間まで独立行政法人である野菜茶業研究所の研修生だった。そこで手揉み茶の製法を師匠から直伝で教わってきたのだった。
大学のゼミのようなものなのだろうが、一年に一人しか採らないという狭き門をくぐってのことだった。
「伝統を絶やさないということもありますが、この両手を使ってお茶を揉むことで、機械とか数値データからでは分からない、お茶作りの勘所みたいなものを体得できるんじゃないかと思ったりもしてるんですよ」

彼はまだ若い。経験値が絶対的に不足している。
そこでひたすらお茶を揉むことで、お茶づくりの真髄を自分の五感の中に叩き込もうとしているのではないか。
野菜茶業研究所で二年間研修し、日本茶インストラクターの資格を取ったとしても、それだけでは知識偏重になってしまう。
その知識をより実践的に使っていくためには、どうしても手で感じ、手を通して考え、手が体得していく何かが必要だと、上久保さんは考えているのかもしれない。
これまではお茶を栽培する専業農家だったのだが、学んできた知識と手揉み茶の実践知を生かして、これからは上久保ブランドのお茶を作り上げ、売り出していこうと考えているらしい。
月ヶ瀬の地にまた新たな星が生まれようとしている。
さてそれがどのように光り輝くのか、少しばかり離れたところから眺めていたいと思っている。

住所奈良市月ケ瀬桃香野4468番地 (地図) 
電話番号0743-92-0527
制作物パンフレットをご用意しました。(こちら)
このページのトップへ

メニュー

サイト開設以来の総訪問人数

 人

総アクセス数

アクセス