葉香製茶



月ヶ瀬から幸福な一杯のお茶をお届けします。

葉香製茶
辰巳洋子 辰巳純一

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匂い立つ
お茶の香りに驚いた。


「まあお茶でもどうぞ」
そう言って月ヶ瀬にある葉香製茶の辰巳洋子さんは
テーブルの上に湯飲みをとんと置いた。
その拍子にふわっとお茶の香りがたちのぼった。
香ばしく、芳醇で豊かな香りだった。
鼻を近づけたわけではない。
ただテーブルの上に湯飲みを置いただけ。
それでも香りが伝わってきた。
初めてだった。こんなことは。

「煎茶道の先生が、これほど香りが立つお茶は初めてだと言ってくれましたねえ」
驚いていると辰巳さんがそう言った。
嬉しそうだった。煎茶道の先生に褒められたこともそうだろうが、一生懸命作ったお茶が、人の心を動かしたことを素直に喜んでいるように見えた。
取材しているうちにお茶がなくなった。
辰巳さんが一煎目の急須にお湯を継ぎ足した。
二番煎じか。そう思った。
確かに一煎目の香りは薄れていた。だが飲んでみて、味が変わったことに、また驚かされた。
深さと奥行きが増していたのだ。濃厚でいて、さらりときれて喉の奥にさっと消えていく。鼻に抜ける香りが爽やかだった。
「おりょ・・・・」。意味不明な言葉が漏れた。辰巳さんはこちらを見ながら、これまた嬉しそうに頷いている。

ある日、ある時に、
彼女はそう決心した。


香り煎茶。
飲ませてもらったお茶の名前がこれ。
一煎目は香りを楽しみ、二煎目は味を楽しむ。なんと三煎目はカテキンがたっぷりと出て健康にもいいそうなのだ。
別にお茶っ葉に魔法の粉をふりかけたわけでも、秘伝の液体をしみ込ませたわけでもない。
手間ひまかけて栽培し、摘んだ茶の葉を蒸したり揉んだり乾かしたり、つまりは通常の過程を経て出来上がったものなのだ。
ただその過程のなかに、けっこう大変な部分があるには、ある。
その部分とは、農薬と化学肥料を一切使わないこと。
最近よく聞くようになった環境保全型農業(いわゆる有機農法)というものの中には、
化学肥料は使わないけれど、一部の農薬は使っているというものもある。
国が認めた有機JASという制度でも一部の農薬は認められているから、それがどうのとは言わないが、
辰巳さんの葉香製茶では農薬を全く使わず、
油かすや魚粉などの有機肥料だけでお茶を栽培している。

安定的に収穫したいとか、収量をもっと多くしたいとか、
姿かたちのいいものを揃えたいとか、
そういう思いはどんな農家にもある。
かつて辰巳さんもそんなふうに思っていた。
だがそのために防護服を着て防毒マスクをつけて
農薬を散布することに、ふと疑問を感じた。
まるで栄養ドリンクを毎日無理やり飲ませるみたいに
化学肥料を撒くことに、ちょっと待てよと思った。
子供が生まれた。この子をこんな環境の中で育てていいのかと迷った。
この子に自分が作ったお茶をこれから毎日飲ませることができるかとも自問した。
「農薬も化学肥料もやめようと思うねん」
ある日父親に相談したら、思うようにやったらええと答えが返ってきた。
サラリーマンをしていた夫も賛成してくれた。
今でこそ辰巳さんが試みたようなことは有機栽培とかオーガニック農法などとネーミングされて、
時代の風を受け始めているようだが、彼女がそう決心したのはかなり昔のこと。
時代は大量生産、大量消費、イケイケドンドン何でもかんでも右肩上がりの時代だった。
そんな時代に、そんな決心をした。
かなりの変わり者だったというわけだ。

おいしいお茶は、
土がつくり、気候がつくり、そしてやはり人がつくる。


「土がね、お茶を作るんですよ」
辰巳さんはそう言う。
だがその土が化学肥料と農薬でかなりのダメージを
受けていた。
薬漬けの体から薬物を抜くように
七転八倒の苦闘がはじまった。その間、なんと十年。
「じゅーーーねん!!!」と記者は声を張り上げてしまった。
「旦那がサラリーマンして生活を支えてくれたからできたんですよ」と辰巳さんは言うけれど、
そうであったとしても十年は長い。
生まれた子供がすでに小学生を四年もやっている。
だがその十年は茶畑の土がスタートラインにつくために要した時間であり、
すぐに美味しいお茶ができたわけではない。
さらには十年、十五年と、生まれた子供が成人し、そろそろ結婚でもと考えはじめる頃になって
やっと満足のいくお茶ができるようになった。
「あれから三十年がたちましたねえ・・・」
辰巳さんがお茶をずずずと啜る。
なんともはやと思いながら、記者もお茶を啜る。
そしてほーっと肩で息をついた。

何かの主義主張があったわけではない。
どこかの誰かの演説にいたく感動したわけでも、
舶来の新思潮とやらにかぶれたわけでもない。
毎日毎日お茶作りを続けているうちに、ふとへんやなーと思いはじめ、
土にさわり、茶の葉を手に取り、それを飲んでいるうちに、
ある決心に至ったということだ。
あれから三十年。
今では微生物がたくさんいて土をふかふかと耕し、お茶の木にとって栄養満点なものに土壌をどんどん変えていってくれている。
春と秋の年二回、油かすや魚粉の肥料を撒いてやればそれで十分で、
あまり手間も暇もかからないという。
「息子と二人の四つの手足しかないからねえ」と辰巳さんは自嘲気味に笑うけれど、
天然自然と寄り添うようにしていれば、人間のすることなど、さほどないということなのかと思ったりもする。

月ヶ瀬の地にこのように考え、かくのごとく実践する親子がいる。
さて街に暮すわれわれは、それをどう受けとめ、どんな行動をすればいいのか、
少しだけ考えてみてもいいのではないだろうか。

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営業時間 ―
定休日 ―
住所奈良市月ヶ瀬月瀬859  (地図)
電話番号0743-92-0916
ホームページhttp://web1.kcn.jp/yokocha/
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焙じ番茶は絵本屋いちいの木でも購入できます。
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