バイシクルのある日常
バイシクルのある日常
第三回
昔のこと、「わけあって安い」という広告コピーがあった。
理由(わけ)があるから安い。
真っ直ぐのはずのステッチが少し曲がってしまっていたり、目立ちはしないけれどよくよく見ると微かに傷があるとか、未開封のまま送り返されてきた商品だとか、いずれにせよ使用にはまったく問題はないが、それらの理由(わけ)があるから正札では売れないというようなものにたいしてそう言ったりする。
ここで目を向けたいのは、わけあり商品は安くてお徳だということではない。
安いものには、ちゃんと理由(わけ)があるということの方だ。
デフレ、デフレと言われて十年ちょっと。まわりには安いものばかりが氾濫している。
だからあまりに顔馴染みになってしまっていて、それらがなぜ安くなっているのか、
そのわけを問いただすことを忘れがちになる。
問われなければ、作る方も売る方も安くなっているわけをあえて語ろうとはしない。
いつの間にかそれがフツーのことになり、誰も不思議とも何とも思わなくなる。
だが安いものには、やっぱりそれなりの理由(わけ)がある。
そうでなければ、作る方は作るだけ損するわけだし、売る方も売れれば売れるほど
赤字が増えていくことになる。そんなことは誰もやらない。当たり前のことだ。
安くするために何かを減らす。安くするために材質を安いものに換える。安くするために手間ひまを省く。
安くするために安い賃金の手に換える。安くするために・・・・。
安くするために色々な手を考え出して、凄い手を考え出した者の頭は撫でられ、
法律とか決め事にもそれなりに手心を加えてもらい、ただちに問題が起こることもないでしょうと
作る側も売る側も共に頷きあって事は深く静かに進んでいく。
ひとり買う側だけがその理由を知らない。
「まあ、まあ、安けりゃそれでええやんか」。
へんな詮索をしているうちに他の誰かに持ってかれてしまうとばかりに買い急ぎ、
誰もが安くなっている理由を知ろうともしなくなった。そしてそんなことを繰り返しているうちに、
いつのまにかそのあたりの値段がフツーの値段だと思うようになる。
フツーの位置がぐんと低いところになった。
オーナーの丹さんが貸してくれたクロスバイクに感動していながら、
そこに付けられていた値札を見た途端、高いなーとつい口にしてしまった。
そのとき丹さんは少し哀しげな表情で記者を見て、安すぎるんですよとつぶやいた。
高価だと言うけれど、そんなことはないと否定しているわけではない。
記者が頭の中で比較したであろうフツーこれぐらいだなと思っている商品群の
値段のことを丹さんは言っているのだった。
安いのが悪いわけではない。お財布にもそれぞれ事情がある。
さける予算は限られているだとか、節約のためとか、この程度のもので今は十分だとか。
買う側にそれなりのわけがあり、安いものにもそれなりのわけがあるということを
知った上で買う分には何も問題はない。選択肢の幅は広い方がいい。
ただ問題なのは互いにわけあってのことなのに、それがいつしか忘れられて、
わけあって安いはずの商品群をフツーのものだと思うようになってしまうことだ。
だがそれも致し方ないのかもしれない。
たまにわけあり価格のものが混じっているのならまだしも、
回りはわけあり価格だらけとなれば、感覚が麻痺するのも当たり前だ。
言い添えておくが、丹さんがこれまでに書いたようなことを切々と記者に訴えたわけではない。
彼が言ったのは、本来自転車が持っているべきものを作りこんでいくと、
どうしてもこれぐらいの値段になってしまうんだということだった。
こちらは高級品だからこれぐらいの値段になるんだろうと思っていたから、
意外な言葉に考え込んで、それで思い至ったのが上に記したようなことだった。
スタンダードという言葉がある。
そのものが本来持っているべきものを、過もなく不足もなく備えているもののこと。
それ以上の品質や機能を求めれば高級品となり、その一部を省いたり、品質に手心を加えたりすれば安価な商品となる。そのような基準値となる製品群のことだと思ってもらえればいい。
記者が試乗したのはバイシクルカラーで取り扱っている製品でも、そのスタンダードな位置にあるものだった。
クロスバイク TREK7.4FX ¥72,000(税込)。
これがその製品名であり価格だ。いかがだろうか。
これがスタンダードだと言われても街乗りや買い物、それに通勤に使うには高価だと思われるかもしれない。
記者も最初そう感じた。だからその思いをつい口にしてしまったりした。
だが丹さんと話しをしていくうちに、どうもそうとばかりも言えないぞと思いはじめたわけなのだった。
第四回へつづく
取材先 | バイシクルカラー |
---|---|
営業時間 | 平日 12:00〜20:00 土・日・祝 11:00〜20:00 |
定休日 | 水曜日(祝日の場合は翌日) |
住所 | 奈良市中登美ヶ丘6-3-7 リコラス登美ヶ丘B102 (駐車場あります) (地図) |
電話番号 | 0742-52-8118 |
ホームページ | http://bicyclecolor.com |