TOP特別連載企画鍼とお灸と吸い玉な日々

鍼とお灸と吸い玉な日々

beguru

鍼とお灸と吸い玉な日々
第一回


もしこの世の中に医者も薬も無くなってしまったらと想像してみてくれませんかと、 がくえんまえ鍼灸院の瀧川さんが言った。
頭が痛くなっても頭痛薬はなく、腹を下しても整腸薬はない。
インフルエンザにかかっても注射はしてもらえず、
痛い歯に糸を巻きつけながら、卒倒しないように祈るしかない。
呆然とした。
頭を二度ほど振ると妄想はふるい落とされた。
だが考えてみると百年ほど前はそれが当たり前のことだった。
医者もいたろうし薬もあったろうが、今ほどあちらこちらに病院があったわけでもなく、
誰でもが薬を買えたわけではない。
記者のような貧乏な人々は医者にも行けず、薬など見たこともなかったろう。
だが彼らは生きていた。だからこそ我々の世代があるわけだ。
ではどうやったのか。
「養生したんですよ」と瀧川さんが言った。
生を養う。つまりは病気にならないようによくよく注意をしたのだ。
病気にかかってしまってからでは遅すぎる。
だから日頃から自分の身体の調子に注意を払い、どこかに不調の兆しがあれば早めに対処した。
頭痛や悪寒を感じたときには早々に床につき、身体にこわばりがあれば揉んだりさすったり、
農繁期が一段落すれば湯にゆっくり浸かって疲れを落とした。
温泉に行くことを湯治ともいうが、昔々はのんびりするためというよりは、健康管理のためだったわけだ。
人の身体を機械になぞらえるのはどうかと思うけれど、言ってみれば故障しないように日頃からちゃんとメンテナンスを施しておくというようなことになる。
「人には自分で自分を癒す力があるんです」
瀧川さんがいつも口にする言葉だ。
メンテナンスを怠らないように心がければ、身体は大事に至らないように
自らが自らを癒すように出来ているらしいのだ。
ほんとかなあ・・・。
不養生を続けてきてあちらこちらがぎしぎしと擦り合うように悲鳴をあげ、
重い頭と硬い背中をもてあまして途方に暮れている記者のような者には、
この老いはじめている自分の身体にそんなスーパーパワーがあるとは到底思えなかった。
「ならば・・・」
口角をきりりと上げ、にっこりと微笑んで瀧川さんが言葉を継いだ。目は笑っていなかった。
「論より証拠と言います。話ばかりではなく、どうです、体験してみませんか。頭で理解しようとするより、
身体で知った方が早いのではないかと思うんです」
どこか懐疑の眼差しを捨てきれずにいる記者に対して業を煮やしたわけでもないだろうが、
瀧川さんの言葉には有無を言わせない力があった。
えっ!?、ええ・・・、一度体験させてもらおうとは思っていたんですが・・・。
こちらは不意をつかれて、しどろもどろ気味。
「人によりますが、一度じゃ効果が出ないこともあります。あなたぐらいの年齢なら・・・そうですねえ、最低でも五回、出来れば十回ほどやってみませんか」
十回!!!
白いベッドの上の肉塊がときおり両手両足をばたつかせて、
悶絶しそうになる絵が頭の中をゆっくりと回転しはじめた。
頬が痙攣して口が笑ったようになったのかもしれない。
その表情をみて瀧川さんはイエスの返事だと思ったらしく、よろしいと言うかのように頷いた。

(第二回へつづく)

取材先がくえんまえ鍼灸院 
施術時間9:00〜13:00  16:00〜21:00(木・日除く)
定休日火曜日・祝祭日
住所奈良市登美ヶ丘2-1-10-2(駐車場あります) (地図
電話番号0120-89-1715 0742-45-9345
ホームページhttp://www3.kcn.ne.jp/~takigawa/
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