TOP特別連載企画蕎麦人のこころ

蕎麦人のこころ

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蕎麦人のこころ
第二回

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「天ぷらはむずかしいよねえ」。
今回のテーマは天ぷらにしたいのですがと水を向けると、開口一番、高いところから急降下してくるように蕎麦人の横山さんはそう唸った。風圧がすごかった。
蕎麦といえば天ぷらと言われるぐらい相性のいいお二方。
だが片っ方はあっさり系の代表格のような存在で、
そしてもう一方は揚げ物である。
本来なら文字通り水と油、交わることなどありえないようにも思えるのだが、江戸時代の昔から蕎麦と天ぷらは手に手を携えて日本人の腹を満たしてきた。
急ぎ食事をとらなければならないちょんまげの職人さんたちが、あまり蕎麦ばかりでは腹に力が入らぬと、
隣の屋台の天ぷらをひとつのっけて食べてみると、これが意外といけた。
そんなところが由来なのかもしれないが、今では天ぷらは蕎麦の文化にすっかり溶け込んで
美味しいデュエットを奏でている。

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その天ぷらであるが、ソロ活動の方も充実していて日本食の重鎮の一人としてしっかりとした地歩を固めてもいる。
ところが蕎麦人の横山さん曰く、そこに蕎麦屋の天ぷらに対する誤解が生まれる素地があるというのだ。
天ざるにしても天そばにしても、黄色い衣をまとい反り返った海老は実に凛々しく華やかで、垣間見える海老の赤が、今日は奮発しちゃったのよねえ的な興奮をさらに高めてくれる。
つまりはいただく側の意識はかなり天ぷらの方に注がれているということだ。で、ついソロとデュエットの間で混同がはじまる。
天ぷらはもっとかりっと揚がっているほうがいいなあ・・・。
そういう意見を時々耳にするのだと横山さんは言う。
でも横山さんによると天つゆよりは塩だけで食べることが多い天ぷら屋の天ぷらと、
天つゆにつけたり、出汁の中につかっていたりする蕎麦屋の天ぷらとでは揚げ方は自ずと異なるのだという。
天ぷら屋のは衣はやや薄い目でからっと揚げる。蕎麦屋のは衣が気持ち厚い目、そしてふわっと揚げる。
そういう違いがある。天つゆなどの汁を吸いやすいようにとの配慮からだ。
ソロとデュエットの時とではそれぞれ衣装も歌い方も変える。
蕎麦と一緒の時に、ソロみたいに歌ってしまうと折角の味のハーモニーも台無しになってしまう。
天ぷら屋と蕎麦屋の天ぷらを揚げ方には違いがあるのだが、それにはそれなりのわけがあるということなのだ。

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揚げ方や仕上げ方には差があっても、蕎麦屋だからといって天ぷらの専門店にひけをとるようなことはもちろんない。
蕎麦屋にとっても天ぷらは花形であり、蕎麦人で一番注文が多いのも天ざるなのだという。うむ、いかにも美味しそうだもんねえ。
蕎麦人では天ぷらを揚げるのにこめ油を使っている。
こめ油とは米ぬかから採れる油のことで、カラッと軽く揚がり風味もいい。
食用植物油のなかで国産原料だけで作れる唯一の油でもある。
かつて蕎麦人では白絞(しらしめ)油という大豆からとれる種類を使っていたが、お客さんの中に稀に胸焼けがする人があったので、そんなこともあってこめ油に変えたそうだ。
ネットなどで調べても、こめ油はあまり蕎麦屋さんでは使われていないようなことが書かれてあった。
つまりコストが高いということなのだ。原料の米の生産が年々少なくなっていてコストを圧迫するし、菜種油や大豆油の精製に比べ手間がかかるうえ、独自の技術や装置が必要であるためらしい。

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「だけど一度使ってみたら、やめられなくなってしまいましてねえ」
揚がった時の香りがまるで違うのだという。油臭さがまったくと言っていいほどない。
「へんな例えかもしれませんが、まるでパンがこんがりと焼きあがったような香りがするんですよ」
記者の顔を覗き込みながら横山さんはそんなことを言った。
パン・・ですと・・・?
天ぷらの衣には小麦粉と卵の黄身だけを使っている。
つまりはパンの材料と同じなわけなのだが、それと関係があるのだろうか。
白絞油の時にはこんなことは一度もなかったそうだ。
それにこめ油は熱に強いから、一日のうちに何度も天ぷらを揚げても油の劣化が少ない。
つまり時間帯による揚がり具合のばらつきがかなり少なくなるということだ。
同じお代を頂いているのなら、いつ来た人にもできるだけ同じ美味しさを味わってもらいたい。
そういう思いを叶えてくれる油でもあったというわけだ。

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「揚げ物を一時間も続けていると、前は調理場の中が油臭くなってしまったけど、最近はそういうこともなくなりましたねえ」
いい素材を使えば美味しくなり、健康にもいいということはわかっている。だが当然のことながら客商売。どんなにいい素材を使っても、お客さんの懐事情以上のお金は出てこない。
だからかけるコストにも限度はある。だができる範囲での努力は惜しまずにいたい。
反対にコストがいくらでもかけられるのならいとも簡単なことで、
コストに限度があるからこそ人はああだ、こうだと考え続け、いろいろと試してみるのだとも言える。
「天ぷらはむずかしいよねえ」。
冒頭の蕎麦人横山さんの言葉に、そのあたりの事情が遠くこだましているようにも思えた。

第三回へつづく

取材先石臼挽き手打ちそば 蕎麦人
営業時間平日11:00〜14:00   土日祝に限り17:00〜19:00も営業 
定休日水曜日
住所京都府相楽郡精華町光台4-45-10(地図
電話番号0774-94-5332
ホームページ"http://www.sobajin.co.jp/
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